法 話

親鸞聖人 最後のお手紙

2018年07月01日

 6月18日午前7時58分、大阪府北部を震源とする震度六弱の大阪北部地震が起こりました。当日の情報だけでも死者四名・負傷者は三百名以上。大阪にいらっしゃるご家族やご友人と急いで連絡をとられた方も多かったのではないでしょうか。ここ北九州では過去大きな災害に見舞われることが少なかったため、日頃から災害への備えをなさっている方は少ないように感じますが、「もういつどこで何が起こってもおかしくない」、そう思われた方も多かったのではないでしょうか。
 
 北九州市ホームページによりますと、市内で想定される地震としては「活断層による地震」と「プレートによる地震」があるようです。
 平成二十四年の福岡県の調査によりますと北九州を通る小倉東断層・福智山断層帯による地震が起こった場合、最大震度六強、死傷者四千人以上と想定されています。またプレート境界の地震として南海トラフ巨大地震の発生が懸念されており、最大震度五強と想定されているようです。震度六強は「はわないと動くことができない、飛ばされることもある」ほどの揺れと書かれてあります。いざという時どのように行動しどこへ避難するのか、ご家族等で話し合っておくことが大切なのかもしれません。

 7月5日を迎えますと昨年の九州北部豪雨からちょうど一年になります。当日は私達九州臨床宗教師会(僧侶・牧師・神官が協力し活動を共にしています)も被災地の集会所にて追悼式を予定していますが、

 災害に関して今回ご紹介させていただきたいのは、現存する親鸞聖人の御消息(お手紙)中、年月日の明記されている最後のお手紙。聖人八十八歳(往生の二年前)の時のものです。関東のお弟子(乗信房)より京都の親鸞さまへ、飢饉・自然災害による関東の悲惨な状況が伝えられ、御消息の内容はそのお返事となっています。
「多くの方が亡くなられたこと、本当に悲しいことでした。しかし全ての生けるものが生死無常(明日どうなってもおかしくない)であることは、お釈迦様が詳しくお説きになっていること。今さら驚くべきことではありません。また、信心が定まっている人に死にざまは問題となりません。阿弥陀仏の信心をいただいたならば間違いなく浄土往生が定まるのですから」といった内容です。
 
 親鸞さまが仰ったのは「いつどうなってもおかしくないこの私が今こうして生きている、これほどの不思議があるだろうか」「お念仏しましょう。いつどんな形でこの命終えようとも必ず救ってくださる阿弥陀様がいてくださるのですから」ということでありましょう。

 このことを「今」聞いておくことも人生における大切な心の備えとなるのではないでしょうか。            合掌

くらしの中のギモン 〜聞きたいけど聞けないあんなことやこんなこと〜

2018年06月01日

Q、お鈴(おりん)は鳴らしてはいけないの?

A,皆さんのご家庭のお仏壇にも必ずお鈴はあると思います。お参りする時は「ちーん、ちーん」とまず鈴を鳴らして手を合わせる方は多いでしょう。
 しかし先日テレビ番組にて「お鈴は鳴らす必要はないのですよ」と放送があり、驚いたご門徒の方々からお尋ねがありました。

 実はお鈴とは読経の際に使うものなのです。お経のはじまり・区切り・終わりに鳴らすものなので、お経を読まないのであれば確かに鳴らす必要はないのです。お念珠を持ち、ろうそくに明かりを灯し、お線香に火をつけ、合掌・お念仏、これで結構です。

 しかしお鈴の音色とは心地良いものです。鳴らすことで気持ちが落ち着くという方もあるでしょう。私個人としましては「決して鳴らさないでください」とは申しませんが、真宗のご門徒であればお鈴よりも「お念仏」を大切になさってください。

 声に出してお念仏することは、仏さまや亡き人との会話(つながり)なのです。その「つながり」は、残されたご家族がこれからを生きてゆく大切な支えとなってくださることと思います。

かくれ念仏 ~薩摩藩の念仏禁制~

2018年05月01日

 大河ドラマ『西郷どん』の放送が始まり、十年前の『篤姫』以来、今再び鹿児島に注目が集まっています。鹿児島出身の私は、役者さん達の鹿児島弁の上手下手につい気をとられてしまいますが、主演の鈴木亮平さん、瑛太さん、北川景子さんはとても上手ですね。
 
 さて、皆さんは「隠れ念仏」という言葉を聞いたことはありますでしょうか。当時薩摩藩や人吉藩では約三百年にわたり(薩摩藩では一五九七年~一八七六年)浄土真宗が弾圧されました。
 まさに西郷隆盛の生涯は念仏禁制の真っただ中、一八七七年に西南戦争に敗れ城山で切腹する前年まで続いたことになります。これは真宗門徒が中心となった加賀一向一揆や石山合戦の実情をうけ、真宗門徒が大名に恐れられたことが一因とも言われています。

 人吉藩では門徒の家から仏像・仏具が奪われ焼却。薩摩藩では真宗門徒だと分かると、「石抱き」といい三角の木材の上に正座させられ、幅三十センチ・長さ一メートル・厚さ十センチ、重さにして三十キロの石を一枚ずつ重ね体を揺さぶられ、足の骨が砕け絶命するほどまで拷問されました。また滝つぼに門徒を投げ込み、浮き上がってくると竹竿でつつき溺死させられました。これが薩摩三百年の歴史です。

 そんな過酷な状況の中、役人の目を逃れ山中の洞窟などにご本尊(阿弥陀如来さま)や親鸞聖人のご影像を安置し、命がけで念仏した方々がおられたのです(隠れ念仏)。
 
 当時はキリスト教も禁止され(一六一二年~一八七三年)、寺請制度により全ての人がお寺に所属させられていました。しかしそれによりお寺が権力を持ってしまい僧侶の怠慢につながり問題視されていました。そのため一八六八年に「廃仏毀釈」が行われ、寺という寺が破壊され神社に変えられたのです。薩摩藩では真宗寺院を含め一六一六ヵ寺が廃寺、二九六六人の僧侶が僧籍を失いました。

 しかし西南戦争後、実質的に念仏禁制がとかれ、仏教空白地域というべき状態の薩摩藩において、猛烈な布教を行ったのが浄土真宗でした。三百年の苦難の想いを爆発させ、鹿児島は維新前とは一変し浄土真宗一色となったのです。今後大河ドラマ『西郷どん』をご覧になる方は、「この時代の薩摩は浄土真宗の観点からみると大変過酷な時代だったんだな」という想いでご覧になっていただけるとまた違った見方ができるのかもしれません。
 
 常照寺では二~三年のうちに『常照寺鹿児島旅行』を計画予定です。ぜひご参加くださいませ。
合掌

くらしの中のギモン 〜聞きたいけど聞けないあんなことやこんなこと〜

2018年04月01日

Q、納骨って早い方がいいの?

A、時々ご質問いただくのですが、納骨する時期に決まりもなければ、日の良し悪しもありません。亡くなって四十九日を迎える際に納骨される方が多いような気はいたしますが、それにとらわれる必要はありません。
 
 大切な人を失った時、その人がいない人生を受け入れることは簡単なことではありません。長い時間も必要となります。遺骨だけが亡き人とのつながりと感じる方も少なくありません。そんな時急いで納骨してしまったためにかえって気持ちの整理がつかず、苦しんだ方もおられます。
 もちろんその逆も然り、いつまでも納骨できないために気持ちの整理がつきにくいということもあるでしょう。

 そう考えますと「喪主様とご家族のお気持ちが少し落ち着いたと実感できた時」が納骨の一番良いタイミングなのかもしれません。

 ご門徒の皆さまには、もし周囲に納骨の時期で悩んでおられる方がありましたら、ご自分の価値観を押し付けず、喪主様とご家族のお気持ちに寄り添ってアドバイスをしていただけたらと思います。

『効率的かつ質の高い医療提供体制の構築』 『地域包括ケアシステムの構築』

2018年03月01日

 平昌オリンピックも終わりました。羽生結弦選手の金メダルに心打たれた方も多かったのではないでしょうか。苦難に遇っても目標を持って努力を積み重ねることの大切さをあらためて教えていただいた気がします。 

 さて、上記の言葉はこれから国が目指す医療・介護の二本柱です。二〇二五年には団塊世代の方々が後期高齢者(七十五歳以上)に移行し、すでに超高齢社会(六十五歳以上の人口が総人口の二十一%超え)の日本では、国家財政がパンクし専門職も三十八万人が不足すると推定されています。

 そうなれば「入院患者が増えると急患が受け入れ拒否されるのではないか」「退院して在宅に帰りたいが往診医師が見つからないのではないか」「重度の介護度、一人暮らしや老夫婦だけになっても安心して暮らせるのか」「在宅で暮らせなくなった時、施設は十分にあるのか」「認知症になっても地域で生活を続けられるのか」など、不安を抱える方はすでにたくさんおられます。そこで国は上記の二本柱を掲げ「誰もが必要なサービスを受けられ、安心して地域で生活できる社会」を目指してはいます。

 しかし国が求める専門職の中に、心理士や私たち臨床宗教師のような「こころのケア専門職」は重視されていません。どれだけ設備や医療体制が整えられようと、人は必ず年をとり死を迎えます。同時にさまざまな苦悩を抱えます。「安心できる社会」は「安心して年をとることができ、安心して死を迎えられる社会」であって欲しいと願います。そのためには「じっくり話を聞いてくれる人」「想いを受けとめ、寄り添ってくれる人」が必要とされていると自身の臨床宗教師としての緩和ケア病棟での活動の中で、患者さん達から教えられています。

 昔は「悩みがあればお寺の住職さんに相談」という時代もありました。しかしこれからは「悩める方のもとへこちらが出向いてゆく」時代なのかもしれません。

 いつかどこの病院や施設に行っても当たり前にこころのケア専門職が常駐する社会になることを願いつつ、私も細々とではありますが活動を続けてゆきたいと思います。
合掌

くらしの中のギモン 〜聞きたいけど聞けないあんなことやこんなこと〜

2018年02月01日

Q、院号ってなあに?

A,浄土真宗の法名(戒名ではない)は「法名釋○○」と決まっています。釋(しゃく)はお釈迦さまの釈、「お釈迦様のお弟子になる」という意味があります。
  
 これだけでも仏教徒として立派なお名前なのですが、その法名の上に「○○院」という院号がつく方がおられます。
  
 そもそも仏さまをおまつりする所を「寺」というのに対し僧侶などの住む所を「院」と呼んできました。「院」とは元来建物を意味します。著名な僧侶は、その人が住む建物の名前で別名として「○○院さま」と呼ばれることが多かったのです。

 ですから「院号」とは、一寺をになうような有徳の僧侶、一寺を建立するほど仏教に貢献した人、寺の維持のため多くの寄進をした人につく称号だったのです。
  

 しかし浄土真宗の法名は「長い方が立派」というものではありません。大切なのは亡くなってから立派な院号や法名をもらうことよりも、仏さまに褒めていただけるような生き方を「今」出来ているかどうかでありましょう。

何が君の幸せ 何をして喜ぶ 解らないまま終わる そんなのは嫌だ

2017年12月15日

 今年も残すところあとわずかとなりました。

 先日発表された「今年の漢字」は「北」、北朝鮮のミサイルの脅威、九州「北」部豪雨、「北」海道産ジャガイモ不足によるポテトチップスの一部販売中止、大谷翔平選手の大リーグ移籍や清宮幸太郎選手の入団で注目された「北」海道日本ハムなどが理由に挙げられたようです。
 
 皆さまにとってはどのような一年になりましたでしょうか。

 上記の言葉は、ご存知の方も多いのではないでしょうか。四年前に亡くなられたやなせたかしさんが描いたアンパンマン、その歌の歌詞の一節です。

 皆さんにとって「幸せ」とは何ですか?何をしている時に「喜び」を感じますか?

 幸せのかたちは人それぞれです。家族の健康が幸せ、仕事や趣味、心許せる友人があることが幸せ、という方もあるでしょう。ご病気とお付き合いしながらも、病気になってたくさんの「おかげさま」に気付かされましたと穏やかなお顔でお話くださる方もおられます。親やお連れ合いの介護に疲弊しながらも「ありがとう」の言葉に支えられ、喜びや生き甲斐を感じておられる方もおられます。「幸せ」とは他人のものさしでは量ることのできないものなのでしょう。

 では「仏さまの幸せ」とは何でしょうか。仏さまは「あなたが幸せにならなければわたしは幸せにはなりません。必ず救う、我にまかせよ、我が名をとなえよ」といつも願ってくださっております。

 「あなたの幸せがわたしの幸せ」そんな仏さまのお慈悲の心に、実は私たちは支えられていたのでしょう。どうぞ来年はぜひともお寺の法要にお参りいただき、仏さまのぬくもりに出遇う一年になさってくださいませ。

 本年も皆さまには大変お世話になりました。心より御礼申し上げます。   合掌

くらしの中のギモン 〜聞きたいけど聞けないあんなことやこんなこと〜

2017年12月01日

Q、報恩講ってなあに?

A,お寺ではさまざまな法要やイベントが行われていますが、浄土真宗のお寺で一年を通して最も大切に、かつ盛大に勤められてきた法要が「報恩講」です。

 報恩講とは宗祖親鸞聖人のご命日(旧暦では十一月二十八日)にあたり聖人のご遺徳を偲ぶ法要で、常照寺では毎年十二月の頭に三日間の日程でお勤めさせていただいております。

 本堂のお飾りや仏華も一年で最も豪華でとても見応えがあるだけでなく、若松区の真宗寺院のご住職方が常照寺の本堂へご出勤してくださり、お参りの方々には最終日に精進料理も振舞われます。

 一年を締めくくる大切な法要です。常照寺ご門徒の皆さまには、ぜひ一座だけでもお時間つくっていただき、伝統の精進料理を召し上がっていただきながら、非日常な時間を過ごしてみられませんか?

 ぜひともお参り下さいませ。

カフェ・デ・モンク ~Cafe・de・monk~

2017年11月01日

 7月の九州豪雨で大きな被害を受けた地域の一つ、朝倉市。今そこへ九州臨床宗教師会によるボランティアが続けられています。
 
 あらためて、臨床宗教師とは「避難所、病院、施設など、公共の空間において、布教や伝道を目的とせず心のケアを提供する宗教者」のことです。研修を終えた私も、九州臨床宗教師会員の一人として先輩方とボランティアに参加させていただいております。

 私たちが行っているのが『カフェ・デ・モンク』という無料のカフェ。モンクとは英語で僧侶を意味します。つまり「被災者の方々がモンク(僧侶や宗教者)にモンク(文句)の一つでもこぼしていただいて、私たちも共にモンク(悶苦)する」ことを目的としています。

 今、ほとんどの方が避難所から仮設住宅へと移られています。お一人お一人が、大切なものをなくした喪失感、先の見えない不安、日々のストレスを感じておられます。心の健康を取り戻すためには、この先長い時間が必要となるでしょう。

 熊本地震から1年半が過ぎましたが、九州臨床宗教師会は今も熊本でのカフェ・デ・モンクを続けております。大切なのは継続することなのだと実感します。一人一人に出来ることは限りがあるように思いますが、それぞれが自分に出来る範囲で「寄り添う」ことを続けていきたいものです。

 期間限定で常照寺に設置致しました九州豪雨義援金箱にご協力いただいた皆さま、有難うございました。全額を被災地へお届け致しました。            合掌

くらしの中のギモン 〜聞きたいけど聞けないあんなことやこんなこと〜

2017年10月01日

Q、永代経ってなあに?

A、よく「永代経をお願いしたいのですが」と尋ねられることがあります。「永代経」なるものをお寺に頼めば、あとは何もしなくても命日や法事を勤めてもらえるのでは?と少し誤解なさっている方も少なくないようです。

 実は永代経というのは「永代読経」の略、つまり「永代にわたってお寺が存続し、お経の声が響き続けますように」という願いのことなのです。そしてその願いからお寺へ納められるご懇志のことを「永代経懇志」、その願いをうけてお寺が勤める法要を「永代経法要」と言います。

 常照寺では毎年の永代経法要にて、歴代懇志者の名前が書かれた軸を掲げ、浄土三部経というお経をお勤めさせていただいております。つまりお経は毎年勤まります。しかしお寺が特定の懇志者またはそのご家族のご命日や法事を勤めているわけではありません。

 もし「私亡き後誰もいないのだが、命日や法事を勤めて欲しい」とお考えの方は、ご相談に乗ることもできますので、お気軽に常照寺へご相談くださいませ。
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